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column

2026/07/12

佐原の大祭 夏祭り2026

今年も佐原の大祭、夏祭りが終わりました。
7月10日から12日までの3日間。町じゅうに佐原囃子が鳴り響き、10台の山車が佐原の街なかを曳き廻されました。

昼の山車もいいのですが、私はやっぱり夜がいちばん好きです。
提灯に灯が入り、小野川の水面にその明かりが揺れる光景は、何度見ても風情があってすごくいい!今年の夜は、愛犬ティノちゃんと川沿いを歩きながら眺めました。犬にはお囃子がどう聞こえているのか分かりませんが、すれ違う方々にいいこいいこされてご満悦でした。

 

 

最終日は、祭りを見に来た息子と町を歩きました。「うまいうなぎが食べたい」というリクエストで山田うなぎさんへ。久々の再開ですが、うなぎが美味しすぎて逆に無言の食事となりました笑。

鰻を食べ終え、小野川沿いを歩いていると、「これは何の催しだろう」と足を止めた場面がありました。担がれていく神輿の後に、烏帽子に装束をまとった方が人力車に乗って進んでいく行列です。山車のことは地域の方に聞いて知っていても、お神輿??はて?と考え込んでしまいました。

 

気になったので、調べてみました。

そもそも佐原の夏祭りは、八坂神社の祇園祭。祇園祭というのは、疫病を鎮めるための祭り。八坂神社の前身は牛頭天王社で、この神様を祀れば疫病その他の災厄を免れるとされてきました。そして、この祭りの本体は、実はお神輿なのです。香取市の資料によれば、元禄15年(1702)までには、旧暦6月に神輿を天王社から出して川舟に乗せる「浜下り」の神事、そして「祇園」の神事が行われていました。翌元禄16年には、大勢が神輿に参詣できるようにと、神輿を御仮屋に留め置く形になり、やがて各町内へ神輿を廻すようになります。

では、あの豪華絢爛な山車はいつ登場したのか?

正徳4年(1714)。神輿の神幸に「練物」が登場したと言うのが始まりです。この練物が発展して、いまの山車になりました。つまり、順序が逆なのです。神輿が本家で、山車のほうが「つけ祭り」。江戸時代の山車祭りは、神輿渡御に付属する行事と認識されていましたそうです。

私は「佐原の大祭=山車」と思い込んでいますが、300年前の佐原の人たちがまず担いだのは、神輿だったということ。疫病を鎮め、町の無事を祈る。その願いのそばに、あとから山車がついてきた。人力車の行列も、神輿の渡御に供奉される神職の姿と思われます。街を清め、神様が町を廻る。派手さでは山車に圧倒されて、つい見過ごしてしまいがちですが、あの静かな行列こそが、この祭りの芯の部分なのかもしれません。

来年の夏祭りは、山車だけでなく、神輿の行列もじっくり追いかけてみようと思います。
まだまだ知らないことがたくさんある佐原のお祭りでした。

 

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